昔々、東北の深い山奥に、一人の書記僧がいました。
名は「周天」。
彼は村や旅人から聞いた出来事、神々の啓示、人の心の機微までも、淡々と筆に記し続ける役目を担っていました。
山寺は四季折々の表情を見せます。
春は雪解け水の音、夏は蝉の声、秋は紅葉が紙の上にひらりと落ち、冬は墨が凍るほどの寒さ。
周天は孤独でしたが、記録を残すことこそが自分の存在理由だと信じていました。
ある日、霧の中から旅芸人の一座がやってきます。
その中に、一人の少女がいました。
笑顔は太陽のように明るく、目は澄んだ湖のよう。
交わした言葉はわずかでも、心の奥に温かい灯を残しました。
しかし運命は二人を引き離し、少女は去り、周天は再び山寺に残りました。
──時は流れ、幾度もの転生を経て、私は現世に生まれました。
母は茨城県鉾田市の農家に生まれた女性。
6人兄弟の5番目として育ち、若くして故郷を離れ、三浦三崎の漁師町へ身を寄せました。
潮の香り、港のざわめき、そして夜には賭場となる空気。
母は黙々と働き、言葉少なに日々を過ごしました。
その姿は、前世で孤独に筆を握っていた私の姿と重なります。
やがて母は東京で一人の男性と出会い、私を授けてくれました。
そして不思議なことに、前世で霧の中で出会ったあの少女は、
今世では私の長女として再び現れています。
彼女の笑顔を見るたび、遠い山寺の霧と灯火を思い出します。
今、私は行政書士として、
人と制度をつなぎ、事実を形にして未来へ残す仕事をしています。
これはまさに、山寺で筆を走らせていたあの頃と同じ営み。
ただ記すのではなく、誰かの人生の節目を未来に届けるために。
鉾田の大地も、三崎の潮風も、そしてあの山寺の霧も、
私の魂の中で一つに結ばれています。
争うのではなく、つなぎ、記録し、渡す。
それが、幾世を越えても変わらぬ私の魂の道です。
次回予告
第2話:「母と父の出会い──魂の契約」
若き日の母が歩んだ道のりと、そこで交わった人々の物語をお届けします。

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